北村甫氏は1923年7月に静岡市に生まれ、2003年12月胸膜炎のため死去した。旧制静岡高校から1942年に東京帝国大学文学部言語学科に進み、2年間の学徒動員を経て、1948年に東京大学卒業。卒論は『五体清文鑑』の満州字が表すチベット語の音韻という文献学的研究であった。1949年国立国語研究所研究員となり、話し言葉研究室員として日本語の記述研究に従事したが、一方、中国の国立中央研究院歴史語言研究所から出版された『第六代達頼喇嘛倉洋嘉錯情歌』(1930)に付された記述データ(native speakerが読んだ音声を趙元任が精確に国際音声字母で記録)をもとに現代チベット語の高さアクセント体系を世界で初めて解明し、『世界言語概説 下』(研究社)「チベット語」(渡辺照宏氏と共著)に発表した。
1955−1958年、東大助手を経て、1958年から(財)東洋文庫研究員となり、〈藏和辞典編集〉に従事。1959年に勃発したチベット動乱を受け発足した「チベット人との共同によるチベット学研究」(イタリアのトゥッチ教授を主幹としてロックフェラー財団の支援のもとに行われた世界的なチベット学ネットワーク)に関し、東洋文庫が日本でのセンターを引き受けたのに伴い、多田等観師とともに実質的な責任者を務めた。近代的な意味での日本の「チベット学」はこの時始まったと言って過言でない。本アーカイブはこの段階でのチベット学の状況を知る上で貴重な資料となっている。
1964年9月に東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所に転じ、多くのプロジェクトを手がけた。これ以後、国立民族学博物館評議員、麗澤大学教授、日本学術振興会相談役、(財)東洋文庫理事・理事長などを歴任した。
同氏の事績については東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所『通信』57号と110号が参考になる。
(解説:長野泰彦)